左から:代表取締役 CEO 奥井伸輔氏、取締役 CAIO の新井田信彦氏Image credit: Cubec 医療現場でのAI活用が進む中、画像診断や検査データの解析など、機械学習を用いた取り組みは数多く存在する。一方で、ChatGPT に代表される大規模言語モデル(LLM)の医療分野での実用化は、まだ緒についたばかりだ。そんな中、医療特化型 LLM の開発に取り組むスタートアップが現れた。昨年2月に創業した Cubec(キューベック)だ。 Cubec は昨年8月、心不全診療支援の AI プログラム医療機器の開発を発表した。国立循環器病研究センターをリーダーとし、複数の大学病院との共同研究として進行している。これまでにゼロイチキャピタルから4,000万円を調達し、心不全パンデミックに対し、かかりつけ医支援を通じて全国での最適な心不全診療の実現に向け、2027年のサービス開始を目指している。 心不全診療における課題 Cubec が最初のターゲットとして心不全を選んだ背景には、深刻な社会課題が存在する。同社の代表取締役 CEO 奥井伸輔氏は次のように説明する。 「心不全パンデミック」という言葉が最近よく報道されていますが、高齢化により新規の患者数が急増しています。一方で心不全のエキスパートの数は変わっておらず、地域によっては既に医療崩壊寸前と現場が叫んでいるような状況です。(奥井氏) 心不全患者の多くは、専門病院ではなく地域のクリニックや診療所で日常的な管理を受ける必要がある。かかりつけ医には、薬の調整や専門医への紹介タイミングの見極めという重要な役割が求められる。しかし、全ての医師が心不全の専門家というわけではない。 街中のかかりつけ医は、心臓や呼吸器など幅広い疾患を管理する必要があります。しかし、多くの医師は、例えば、消化器内科で20年勤めた後に開業するといったキャリアパスを経ており、必要なスキルとのギャップが存在します。実際、かかりつけ医から(特定の疾患に精通した)エキスパート医への相談ニーズは、1日3回程度あることがヒアリングでわかっています。(奥井氏) 国内の新規発症心不全の推移Source: Shimokawa H,et al.Eur J Heart Fail 2015;17:884-892. なぜ既存の LLM では不十分なのか 医療分野での LLM 活用は、既に一部で始まっている。電子カルテの入力支援や退院時サマリーの自動生成など、業務効率化の文脈では実装例も出てきた。しかし、診療における意思決定支援となると、既存の汎用 LLM では限界がある。 教科書やガイドラインに落とし込まれている知識だけでは不十分です。どうしても医師個人の経験が必要な領域があり、そこを言語化して伝えることが重要になります。(奥井氏) 特に心不全の治療では、患者の状態や背景因子によって最適な判断が異なってくる。汎用 LLM は膨大な医学文献を学習していても、実際の臨床現場でエキスパート医が行う複雑な意思決定プロセスまでは再現できないのだ。 この課題に対し、Cubec は独自の言語モデルを開発している。患者の情報を入力すると、悪化のリスクや治療方針を提案するだけでなく、その根拠となる考え方も示すシステムだ。 特筆すべきは、既存の医学知識だけでなく、エキスパート医の経験や暗黙知も含めた意思決定プロセスの再現を目指している点だ。Cubec の取締役 CAIO(Chief AI Officer)新井田信彦氏は、従来の機械学習や汎用 LLM との違いを次のように説明する。 これまでのディープラーニングは基本的に分類問題か数値予測で、0/1を当てにいくか誤差を小さくするかという世界でした。汎用 LLM […]